| 緒言 |
| 1960年代後半に本格化した米の生産過剰問題は、食糧管理制度の枠組みの中ではあるが、自主流通米制度その他の施策の実施によって、厳しい産地間競争の時代を生んだ。当然、量より質の重視が言われる中で北東北に位置する秋田県では、比較的気候の温暖な由利地域の「サニシキ」を除いて評価が芳しくなかった。そのため秋田県では、県産米の中心産地である内陸平坦部に適する、栽培上の安全性を具備しつつ、玄米品質と炊飯米の食味特性が優れている独自の新しい品種が強く望まれていた。
このような背景から、既成の代表的な良食味品種である「ササニンキ」あるいは「コシヒカリ」の良食味性を失わずに、より早熟で「トヨニシキ」や「アキヒカリ」のような安全多収型の栽培特性をもつ粳品種を目標として、国の規制を受けない県独自の育種(県単育種)が1977年より始められた。 水稲の新品種「あきたこまち」は、このような県単育種の初の成果として1984年9月本県知事により命名公表され、1985年から本格的に普及に移されることとなった。特に、この品種の食味特性については、ほぼ目標に沿う品種として育成できたと考えており、ここにその来歴、育成経過及び特性の概要について報告する。 本報告を草するにあたり、雑種集団の一部譲渡を快諾され、このような新品種育成の切っ掛けを与えられた元福井県農業試験場長石墨慶一郎氏、同育種科長水野進氏に深く感謝申し上げる。 元東北農業試験場栽培第一部長野田健児氏、同鳥山国士氏、同山口富夫氏からは、高い立場から県単育種へのご理解とご配慮を賜った。ここに厚くお礼申し上げる。 育成の実際にあたっては、育種技術や特性検定などで多大のご教示、ご援助を受けた元東北農業試験場栽培第一部、作物第一研究室室長渡辺進二氏、同斎藤滋氏、同主任研究官赤間芳洋氏、同堀末登氏、同東正昭氏、同松本定夫氏、同井上正勝氏および池田良一氏そして同業務科長進藤幸悦氏に対し深甚なる謝意を表する。 また、元秋田県農業試験場長本谷耕一氏、同山ロ邦夫氏には、水稲新品種育成試験を担当する機会を与えられたうえ、懇切なご助言とご便宜を戴いた。さらに直接の育種業務の遂行では、工藤キン子(故人)および工藤定之助、石塚キミ、谷藤ヒサ、佐々木恭輔、千葉茂範の諸氏らに多大の労をお願いした。ここに記して厚くお礼申し上げる。 |
| 来歴と育種目標 |
| 「あきたこまち」は、1975年福井県農業試験場において「コシヒカリ」を母とし「奥羽292号」を父として人工交配を行なったものの後代で、当場では1977年3月、前年に圃場養成したF1 1株の譲渡を受け、その後、lllの育成経過で述べるような経過をたどって、1984年の新品種誕生に至ったものである。
育種目標は、県内でも安全に栽培出来る熟期で「コシヒカリ」の食味特性を導入することであった。 命名の由来は、秋田県雄勝町小野の里に生まれたと伝えられ、美人の誉れ高い平安時代の歌人小野小町にちなんだもので、おいしい米・秋田の米(品種)として全国的に名声が得られるようにとの願いがこめられている。 「あきたこまち」の系譜は図で示したとおりである。 |
| 育成経過 |
| 「あきたこまち」の育成経過の概略は、コシヒカリ/奥羽292号組み合せの選抜経過を整理した第1表および系統展開の経過を示した第2図のとおりである。F2世代(1977年):既に記したように当場での育成は1977年F2世代での個体選抜から始まった。この年は当場が本格的に育種を再開した初年度であったから、育種試験の内容としては交配と事前に譲渡を受けた集団若干の個体選抜か主なものであった。そのため筆者らは育種の規模を少しでも早く拡大し、とにかく事業としての育種を軌道にのせたいと考えていた。第1表に見るとおり個体選抜の実績が384株の栽植に対して81株(選抜率21%)と高いのは、このような考えから熟期、品質等から見て可能な限り次年度へ残したためである。
なお、「あきたこまち」か由来する系統の熟期は出穂期のペイント付け調査からll(早晩~中生)と記録されている。 F3世代(1978年):選抜した81系統を箱育苗し、6月1日に一系統当たり68株(4畦×17株)を栽植した。箱育苗で密播のうえ、田植えが遅くなったために健苗からは、ほどとおい苗であった。そのため出穂か遅れ、熟期判定がむずかしかったが、選抜は畑晩播による葉いもち耐病性検定の結果を考慮しつつ、かつ全体として長稈の系統が多かったので、その中で少しでも短稈のもの、倒伏に強いもの、そして登熟の良いものを15系統選んだ。 この場合、圃場選抜では比較的固定度が高いと見た系統8株を株上げし、室内で4株に絞り、固定度か低いと見たものは3株を株上げし、室内で1~2株を選抜している。3株を株上げした系統は、全体としては晩生すぎるが、草型がよく、中に熟期の早いものが分離していた系統である。そして、その後「あきたこまち」となった系統は8株の株上げであった。(第2図)なお、労力的な理由から、各系統毎の出穂期調査は行なっていないが、この系統は出穂から成熟期における観察から中生~中晩生と野帳には記録されている。 またこの年は、選抜した15系統のうち比較的固定度の高い12系統についてビーカー法による炊飯米の光沢検定を行っている。第1表には同一世代で父本を異にするその他の組合せ合わせの結果を併せて示した。一見して奥羽292号の組み合せに光沢の良いものが多いこと、そして変異幅も他の組み合せに比べて大きいことが伺える。この中で「あきたこまち」が由来する系統の成績は光沢1.5でこの時点では特に注目されるものではなかった。 F4世代(1979年):15系統群52系統を栽植し、その中から7系統群7系統38株(圃場株上げ数は7系統で64)を選抜した。これを熟期別に見ると「ササニシキ」級の中晩生が1系統(群)で、他は全部早生の系統群であった。これらは、主として圃場では、系統群間の選抜は稈長と倒伏を基礎にした固定度と熟期、群内系統間の選抜は葉いもち耐病性検定、出穂期、それに前年の品質調査の記録等により選抜した結果である。 室内では、株調査と品質による系統内の株選抜だけを実施し、固定度等を考慮して7系統のうち5系統について生5502~生5506の系適番号を付与した。 この時点で最も有望視したのは生5504で、選抜系統の中では唯一固定度観察の記録が二重丸で、しかも稈長が一番短く、さらにこの年の炊飯光沢検定の結果も最も良い結果であった。一方「あきたこまち」となる生5505は固定度観察や炊飯光沢検定とも出色しないが草型が良く全体にまとまっており、特に選抜系統は出穂期が生5504より3日ほど早かった。なお、前年炊飯光沢が「ササニシキ」並と判定した系統は、長稈すぎるため圃場で廃棄した。 このように、この時点では世代が若いこともあって全体の固定度の悪さをあまり気にせず、少しでも短強稈の早生中心の選抜を行った。 |
| F5世代(1980年):系適番号を付与し、初めて生産力検定や穂いもち耐病性検定(秋田県農試大館分場)を実施した結果、7系統群38系統の栽植に対し、4系統群4系統を選抜した。内訳は早生が3(生5502、5504、5505)、中晩生が1(生5506)である。生産力検定や特性検定の段階では、直接の育成者以外からも評価されるが、そこでは、稈の弱さや収量性(穂相)から実用性を疑問視するものが多かった。
ところで第1表に示したように、「コシヒカリ」を母本とする4組み合せについては、その時点での固定度の高い系統を用いて、F3の段階から炊飯米の光沢を検定してきた。しかし、実際の選抜では、今まで見たように、それは参考にする程度で、栽培特性上の指標による選抜を主体にせざるを得なかった。しかし、結果から見た推定であるが、第2表に見られるように「奥羽292号」を父本とした後代系統の中に、世代が進むにつれて、食味特性(炊飯光沢)が向上したものがでたことは非常に幸運であった。系統選抜の終了後になるが、その後このF5世代の産米を用いて、初めて実施したテクスチュロメーターによる物理性の検定や、実際の食味検定試験の結果でも、総合的には生5504が粘りが強いなどで優れるが、同一熟期である生5505も生5502も「ササニシキ」に匹敵する良食味と見てよいことが裏付けられた。 このように、これらの系統は県内の主要品種である「アキヒカリ」、「トヨニシキ」に比較して栽培特性は明らかに劣るが、食味特性は、特に早生の3系統でははるかに勝るということがわかった。この良食味を生かして普及にまでもっていくには、県奨励品種の中の代替品種としては、安定多収型の「アキヒカリ」や「トヨニシキ」ではなく、良質だが耐倒伏性が弱く実際の作付が少ない早生の「ハツニシキ」が具体的な対象であろうと、筆者らが意識し始めたのはこの時点からである。 F6世代(1981年):4系統群(生5502、5504、5505、5506)24系統を栽植した。ここに至って前述したような経過から選抜の方向は、早生で少しでも栽培上の実用性が高い系統に絞られたので、まず圃場では、熟期の遅い生5506と稈が弱く穂相の貧弱な生5502を廃棄した。室内では本場・大館分場の生産力検定、特性検定の結果及び食味特性の確認等を総合して生5504を廃棄し、生5505の2系統12個体を選抜した。そして生5505には秋田31号の系統名か付与された。 第3表には、この年の本場における生産力検定(標肥)と主要な特性検定試験の結果を示した。これによっても、生5505は欠点が小さく、特に倒伏・収量・品質の点で明らかに他の兄弟系統より優れていることがわかる。 F7世代(1982年):秋田31号として2群12系統を栽植し、1群1系統8個体を選抜した。廃棄した系統群は、倒伏抵抗性で若干の差異があるように観察されたが、出穂期や穂相(芒性)等では差は認められなかった。 この年は本場、分場も含めて県内18カ所で「ハツニシキ」「アキユタカ」を対照として生産力検定試験を実施したが、その結果は穂が小さく収量確保に難点が7あること、多肥で稈の弱さが目立つこと等が欠点として指摘された。しかし、良質で食味がいいことは現地でも評価が高かった。 F8世代(1983年):1系統群8系統を栽植し、2系統20個体を選抜した。なお、出穂期、草型、その他からみて実用的な固定度は全く問題がなかった。 この年の奨励品種決定現地試験での概評は、県内21カ所の内◎が4カ所、○が9カ所、△が8カ所であった。これは、秋田31号が「ササニシキ」のような良食味品種であるという前提つきながら、実際栽培の立場からも、その実用性を評価された結果であろう。 12月には、県主管課の主催で関係機関の事務担当段階の会議が開かれて、「ハツニシキ」「アキユタカ」を普及対象品種として、新奨励品種とすることが内定した。なお種子の手当等の関係から、品種名をつけて正式に公表することは翌年の9月に行われた。 育成を終わってみると、「コシヒカリ」は勿論「ササニシキ」でも栽培的には無理がある県の内陸部が具体的な育種の対象地域であったこと、またF2世代で個選したということから、熟期を中心にこゆるやかな選抜を行なったことが、良かったように思われる。第4表は、非常に天候に恵まれた1984年の結果だが「あきたこまち」は母親の「コシヒカリ」に比べて、出穂期で1週間、成熟期では3週間以上短縮していて、ほぼ育種目標を達する早生品種が育成できたと言えよう。 |
| -般特性 |
| 一般的な特性は第6・7・9表、特性観察調査成績、生育調査成績に要約した。
あきたこまちは出穂期、成熟期とも「ハツニシキ」「アキユタカ」並で、育成地では早生の晩に属する粳種である(生育調査成績)。 苗丈は「ハツニシキ」、「アキユタカ」よりも明らかに短いやや短で、葉色は濃い。分けつ期の葉色もやや濃く経過する。止葉の大きさは「アキユタカ」より小さいが「ハツニシキ」、「アキヒカリ」よりは大きい中、直立程度は「アキヒカリ」程ではないが「アキユタカ」並のやや立に属し草姿良好である。稈の太さは中、剛柔も中で、下葉の枯れ上がりがやや早くから目立つ傾向がある(第6表、特性観察調査成績)。 出葉数は13~14枚で中生の「キヨニシキ」より、平均0.7枚位少ないが、早生としてはやや多い特徴がみられる(第7表)。 稈長は「アキユタカ」よりやや短い中稈で、穂長は「アキユタカ」より短かく「ハツニシキ」程度の短、穂数は比較的確保しやすいが「ハツニシキ」よりは明らかに少ない中稈偏穂数型である(生育調査成績)。 着粒は二次枝梗比率が比較的高いが、粒着密度は「アキユタカ」並のやや疎である(第9表)。極少程度短芒を有し、ふ先色、ふ色は黄白で、脱粒性は難である。 玄米の粒形は「ハツニシキ」並の中、大小は「ハツニシキ」、「アキユタカ」より小さい、やや小である。 次に育苗時における発芽試験の結果(第10表)を見ると、20℃、25℃での平均発芽日数や10℃での発芽率から、低温では発芽勢がやや鈍い傾向が見られる。しかし、発芽の適温である30℃では、第3図からわかるように発芽の開始は「ハツニシキ」等に比べやや遅れるが、発芽揃いがよく「ヨネシロ」ほどの遅れは示さない。さらに、成熟期における穂発芽性の検定結果は、穂発芽性検定試験に示したように、対照品種である「ハツニシキ」よりは明らかに穂発芽しにくくなっており、「アキユタカ」並のやや難に属するとみられる。県内の主要品種は一般に穂発芽し易い品種が多いので、実用的にも穂発芽しにくいことは有利である。 |
| 抵抗性 |
| (1)いもち病
1981、82の両年にわたり、東北農業試験場栽培第一部作物第一研究室に依頼して、「あきたこまち」のいもち病抵抗性の遺伝子型を検定した。その結果(いもち病抵抗性遺伝子の推定)「あきたこまち」はPi-a、Pi-iの2つの真性抵抗性遺伝子をもつことが推定された。 葉いもち耐病性検定の結果を葉いもち耐病性検定に示した。これらは、自然発病による検定なので絶対的な圃場抵抗性を示しているものではないが、「あきたこまち」と同一遺伝子型の「あさあけ」あるいは「ヨネシロ」との比較で見た場合には「ヨネシロ」よりは常に発病が多く、「あさあけ」とでは、年により発病が多い場合も見られる。東北地域では「ヨネシロ」はやや強、「あさあけ」はやや弱の基準品種となっているので、「あきたこまち」の正確な葉いもち抵抗性は中程度と推定される。しかし、実際に普及される本県内では、育成地及び大館分場ともに、表の概評欄のように「キヨニシキ」を標準にし、その発病程度を中として「あきたこまち」はやや強として、農家段階へ示した。 これは、圃場抵抗性の比較、評価は原則として真性抵抗性遺伝子型を同じくする品種間だけで行う。ということから見れば矛盾するが、農家が必要なのは圃場抵抗性、真性抵抗性両者の区別なく、地域における現実の発病難易であり、奨励品種特性表も2年間隔で書き換えているのであるから、地域的には実用的な措置(評価)であろう。 穂いもち耐病性は、穂いもち耐病性検定からは実用的には「ハツニシキ」、「アキヒカリ」より強い、やや強と見られる。しかし、これも葉いもち耐病性と同様、真の圃場抵抗性は、中程度と-階級下に考えるべきと思われる。 (2)白葉枯病 白葉枯耐病性は、山形農試庄内支場に依頼して検定した。その結果は白葉枯病検定に示したように「あきたこまち」は「ササニシキ」並のやや弱である。 (3)イネカラバエ 1984年の県内各病害虫防除所の予察田におけるイネカラバエ被害状況をイネカラバエ傷穂率に示した。これを見ると、育成地でカラバエ耐虫性を弱と見ている「アキヒカリ」に比べて「あきたこまち」は、発病が明らかに少ない。これは、県内奨励品種決定現地試験での観察結果等とも一致するもので「あきたこまち」`のカラバエ耐虫性は、中~やや強程度と考えられる。 (4)耐冷性 育成地における耐冷性の検定結果を第18表、耐冷性検定試験に示した。 まず、移植直後(活着期)の低温抵抗性は、機械移植を前提に3.5葉苗をせん根して冷水条件下で処理した(第18表)。この結果から、「あきたこまち」は既存の各品種と比べて新根の発生を指標にすると全くそん色がなく実用品種として中(普通)程度の低温抵抗性をもつと思われる。 次に、障害不稔に対する抵抗性は、幼穂形成期から1ヵ月間の長期冷水掛け流しによる検定および減数分裂期の低温深水処理による検定の結果(穂孕期処理による耐冷性検定)からみて、「ヨネシロ」には及ばないが「ハツニシキ」「アキヒカリ」よりは明らかに強く、中程度と考えられる。 低温による出穂遅延日数を長期掛け流しによる耐冷性検定でみると、「あきたこまち」の出穂遅延日数は早生の「アキヒカリ」と同程度で、中生の「キヨニシキ」よりは明らかに小さい。これは「あきたこまち」が早生であり、遅延型冷害に対しても比較的安全性が高いことを示している。 1980年、1981年は、北日本の太平洋岸を中心に冷害年であった。本県でも1980年は、特に県北で作況指数79、1981年は被害が全県に及んで県平均で作況指数88の著しい不良の作柄であった。「あきたこまち」は、このような冷害の現場を経過して育成されており、耐冷性レベルは実際場両での観察からも、総合的にみて中程度の格付けが適当と思われる。なお、低温障害の一つとされる「白ふ」の発生が目立つ場合があることが指摘されている。 (5)耐倒伏性 育成過程での観察から見て「あきたこまち」は下葉の枯れ上がりが、やや早くから目立ち、根張りがやや弱いようである。このようなこともあって、耐倒伏性は特に強いとはみられない。例年、倒伏の開始は「ハツニシキ」「ササニシキ」についで早かった。 生産力検定試験における倒伏程度は、生産力検定試験における成熟期の倒伏指数であるが、これからみても「あきたこまち」は耐倒伏性が弱の「ハツニシキ」「ササニシキ」よりは明らかに強いが、やや強の「トヨニシキ」には及ばない中程度に属する。 |
| 収量性 |
| (1)一般栽培での収量性
本場(育成地)及び大館分場における成績を収穫物調査成績に示した。 まず、育成地の成績から「ハツニシキ」よりは、明らかに多収性であると言える。「アキユタカ」との比較では育成地及び大館分場共に並かやや多収程度であり、同様に熟期は異なるが主要な作付品種である「アキヒカリ」、「キヨニシキ」に比べれば明らかに劣ると見られる。これは、先にみたように「あきたこまち」の穂長が短く、一穂粒数が少なく全粒数の確保が安定的でないことに加えて、その割りに籾摺歩合が上がらないことや千粒重が小さいこと等が原因として考えられる。 第4図及び第5図は県内現地(育成地及び大館分場を含む)における成績である。まず「ハツニシキ」との比較では、標肥・多肥とも多収の箇所が明らかに多い。しかし、「アキユタカ」と比較した第5図では、多肥区はもちろん標肥区も見劣りのする箇所が多くなる。 総じて、「あきたこまち」の収量性は、とくに高いものではないが、良質品種として、本県の流通対策上奨励品種として残っている「ハツニシキ」に比べれば耐倒伏性、耐肥性、耐冷性等はもちろん収量性も改善されて、有意に勝っている。また、現在県内の標準的な収量水準である10a当たり600kgは十分確保できると言える。 (2)施肥反応試験からみた収量性 1983、1984年に育成地において施肥(窒素)反応試験を行った。そこで主として安定した収量確保の観点から特徴を要約してみる。 「あきたこまち」は「アキユタカ」に比べ、施肥条件による穂数の反応は大きく、㎡当たり穂数(総籾数も)確保が容易である(第6図)。しかし、収量に対しては、むしろ藁重(-茎重)と正の関係をもっている(第7図)。次に、第8図からみて460から480本位が多収のための適正な㎡当たり穂数(このときの㎡当たり粒数は36000~38000)であることがわかる。 「あきたこまち」は、一般的には穂数の増加によって全粒数を確保する穂数依存型の収量構成であるが、上の結果からも推定されるように、過繁茂になれば-茎重(千籾当たり藁重)が減少し、倒伏や登熟に(千籾収量)影響して収量に結びつかない。 これらの試験による最高収量は第8図のように1984年(秋田県の一般作況は指数108、単収613kg)で約690kgである。このことから「あきたこまち」の収量限界を概略700Kgとしても、これは、既往の主要な作付品種である「トヨニシキ」「アキヒカリ」「キヨニシキ」等に比べて、明らかに低い収量水準である。しかも、表からも伺われるように、栽培管理はきめ細かさが要求される。しかし、この品種の特色である良質性を第一に考えれば、この範囲内で栽培目標を設定し、安定・安全生産を目指すのが良いように思われる。 |
| 玄米品質と食味 |
| (1)玄米品質
玄米の形状は玄米粒形調査成績にあるように、長さは「キヨニシキ」、「ササニシキ」並で「アキユタカ」より短く幅は「ササニシキ」並で、やはり「アキユタカ」より短い。従って長さと幅の比からみた玄米の形は「キヨニシキ」、「ササニシキ」と同じ中間形に属する。同様に、長さと幅の積(面積)からみて、玄米の大小は「アキユタカ」「キヨニシキ」より小さく「ササニシキ」と同じ、やや小である。また、粒厚は玄米粒厚調査成績のように1.9~2.0mmにモ一ドをもち、比較した3品種より一ランク小粒であることを示している。同様に千粒重(収量調査)は、「キヨニンキ」より約1g軽い。 第27表から、玄米の品質関連形質をみると「あきたこまち」は、粒の飴色が強いほうであり、乳白、心白も少ないほうである。次に、実際の外観品質は、育成地では「ハツニシキ」、「キヨニシキ」よりも良く、「アキユタカ」並であるが(収量調査:育成地)、大館分場では「アキユタカ」、「キヨニシキ」よりも劣っている(収量調査:大館分場)。さらに、これを第9、10図によって県内の現地別に比較してみると、「ハツニシキ」に比較すれば明らかに良質であるが、「アキユタカ」対比では、並からやや劣る程度となる。総じて、玄米の外観品質は.現在の育成品種のレベルからみて特に優れているわけではないが、十分な実用性をもっていると思われる。 搗精試験成績から搗精歩合をみると、「あきたこまち」は「ハツニシキ」と同じように、搗精歩合の高い「アキユタカ」、「キヨニシキ」と、低いほうである「ササニシキ」とのほぼ中間に位置する。また、例年の観察結果からみて、胚芽の落ちかた等の搗精形質も、ほぼ中庸とみられる。 (2)食味 炊飯米の光沢は安定して「ササニシキ」並に良好である。 テクスチュロメーターによる炊飯米特性の検定は、1980年産米から始めた。第30表のとおり、最初はH(硬さ)と-H(粘り)から-H/H(バランス度)を求め、「あきたこまち」と「ササニシキ」、「トヨニシキ」を比較している。その結果「あきたこまち」は「トヨニシキ」と比べて、Hが小さく、-Hは大きく-H/Hが大きくて、明らかに良好な特性値を示している。また、「ササニシキ」と比べても、ほぼ同等以上の食味と推定出来る。第31・32表では、食味指標として-H/Hの他に2回そしゃく法による測定値A3(付着性)を用いたH/A3等を求め検討している。また1982年産米は、同一試料を1月と6月に測定し比較している(第32表)。これらの結果から「あきたこまち」は、-H(粘り)、A3(付着性)が大きい値を示し-H/H、H/A3ともに「ササニシキ」に勝る値となっている。-HおよびA3というパラメーターは、実際の食感上の粘りに深く関与していると思われるので、これらの結果は、「あきたこまち」の粘りが非常に強いことを示している。 官能パネル試験による食味検定の結果は食味試験成績に示した。「ササニシキ」を基準にして行った食味試験では、いずれの年次も総合、味、粘りで基準と同等か勝り、香りも勝る傾向が見られる。新潟産「コシヒカリ」を比較に加えた試験からは、「あきたこまち」は「コシヒカリ」とよく似た傾向を示し、総合でも「コシヒカリ」とともに基準品種の「ササニシキ」と同等以上の結果となっている。1982年の大館分場で行った試験では、「あきたこまち」と基準品種の「キヨニシキ」との食味の差異は明らかで「あきたこまち」は、硬さ以外の総ての項目で有意に勝った。 以上、炊飯光沢、テクスチュロメーター及び官能試験の3つの方法から検討した「あきたこまち」の食味は、「ササニシキ」、「コシヒカリ」にそん色はないものとみられる。 |
| 配布先(秋田県外)における試作成績 |
| 県単育種であるので、秋田県外には積極的な配布は行わなかったが、それでも、1982年から1984年の3ヵ年で8県・12試験地の奨励品種決定基本調査に供試された。
第35表にその結果を要約したが、この時点で特に有望視したところはない。実際に食味試験を行ってくれたところでは比較的評価をしてくれたが、一般には、それ以前の栽培結果で最初に評価されるので、やむを得ない面がある。群馬県農試等で欠点の一つとして穂いもち耐病性に弱いことをあげていることは、実際に普及を進めるに当たっては留意すべきことと思われる。全体では、倒伏に関係する形質を不良形質として指摘したところが多い。 |
| 適応地域 |
| (1)秋田県における選出理由と普及対象品種
秋田県の1984(昭和59)年産水稲の単収は613kgで全国第2位、総生産量は68万9千tで東北地域では最も多かった。一方全集荷量に対する自主流通米の比率は僅か23%の13万9千tで、「ササニシキ」の主産地である宮城県や山形県には大きな差があった。この内容を作付品種からみると、「キヨニシキ」44.7%「アキヒカリ」20.9%「ササニシキ」15.6%「トヨニシキ」9.1%「アキユタカ」4.5%、そして「ハツニシキ」はわずか0.02%の作付けであった。このうち、ほぼ全量が自主流通米となる「ササニシキ」は由利地域を中心とする海岸部に限られている。つまり、米過剰という背景下にあって、主要な稲作地帯である県内陸部には、適当な良質品種がない。 「あきたこまち」は、この点「ササニシキ」より熟期が早く県北、県南を問わず内陸部で広く栽培可能な良質・良食味品種であることが奨励品種として選出された第一の評価である。第2点としては、その食味が「コシヒカリ」系の味とみられ、栽培面だけでなく商品としても、特徴が明らかであったこと。第3点としては、耐冷性、耐病性が比較的強いほうで、早生品種として安定した良質米生産が期待出来ることである。 普及(置き換え)対象品種は、主として同一熟期の「アキユタカ」「ハツニシキ」としている。((注)その後、「ハツニジキ」は1986年から奨励品種より除外した。) (2)適応地域 秋田県としては、「あきたこまち」の栽培は、高冷地、中山間を除く県内一円に適応する。ただし、白葉枯病の常発地や、冷害の常習地及び極端な不良土壌条件の地域には向かない。秋田県の稲作地帯区分からいくと、第11図に示したA1、A2、B1が基本的な栽培適応地帯である。 秋田県における当初の普及計画面積は、約5,000haと設定された。 一般的には、「ハツニシキ」、「アキユタカ」クラスの早生として、東北地域中南部の平坦地に概ね適すると思われるが、下葉の枯れ上がりが登熟の早い時期から、やや目立つことや収量水準等からみて、適応地域はある程度限定されるであろう。概して、肥沃度の高い土壌が好適するものとみられる。 |
| 栽培上の注意 |
| ① 「トヨニシキ」「アキヒカリ」等に比べ発芽性がやや鈍いので、催芽・播種(出芽)当時低温にあうと出芽、初期生育がやや乱れる。
② 短苗で充実度(乾物重)もやや小さい傾向が見られるので、育苗では過かん水・過保護管理にならないよう留意する。 ③ 本田の初期生育はよいほうだが過繁茂に注意し、基肥窒索は「アキユタカ」並として、減数分裂期追肥を効かせる施肥体系を考える。 ④ 稈は太いが稈質は不十分なので倒伏に注意する。 ⑤ 登熟期に下葉枯れが早くからやや目立つので施肥と水管理に注意する。 ⑥ いもち病、特に穂いもち病については、「キヨニシキ」「アキヒカリ」同様、早期発見、早期防除を前提とする。 ⑦ 白葉枯病には弱いので、常発地帯での栽培は避ける。 |
| 論議 |
| 「あきたこまち」の新奨励品種としての特性上の優点は、「良食味」と「早生」という2点に要約できる。これは、一産地としての県段階でみた場合には、「コシヒカリ」タイプの良食味という今までの本県の奨励品種にはなかった新しい特徴をもち、そして早生であるために、既成の良食味品種で中晩生の「ササニシキ」との競合がなく、普及対象地域が広くなるということである。量より質が重視される産地間競争に対応する流通販売対策上、この2点の意味は大きく、「あきたこまち」という県単育種ならではの、独自の命名となった一つの理由であろう。
一方、栽培特性からみた「あきたこまち」は耐倒伏性や収量性の面で、県内の、既成の安定多収品種である「トヨニシキ」や「アキヒカリ」並の水準に達していないという弱点をもっている。このことは「あきたこまち」の育成過程において、筆者らが最も悩んだところであるので、是非とも触れておきたい。 「うまい米」というのは、所せんコマーシャルペースの話であるのだから、栽培上の基本的な特性が現在の主要な品種(育種)の水準に達していなければ、新系統としての育種的な価値も低いし、まして新品種としての実用性(普及性)は無いのではないか、という意見が稲関係技術者の間で一般的であった。 もちろん育成者自身にとっても、稲関係の技術者、行政、農業団体、農家そして消費者側等と総ての方面で同じように満足が得られるような品種の育成が理想ではある。しかし、そのような全ての面で高い能力をもつ品種の誕生を待つのは現実的ではない。栽培面だけでなく、流通段階での品種問題にも、常に窓口とならざるを得ない末端の育種組織としては、現実的な対応を選ぶことが必要条件ではないかと考える。 そこで、筆者らは、技術的には、既成の本県の奨励品種に比較して、相対的に有利な改善点が明らかな育成系統には系統名(秋田番号)を付与して、とにかく公の評価を受けることとした。そして「あきたこまち」の育成対象としては、「ハツニシキ」が本県奨励品種として存在していた。 「ハツニシキ」は秋田県では1955年から奨励品種であり、1962年には県内の作付首位の座を占めたこともあるが、耐倒伏性、耐冷性およびいもち耐病性等の欠点が大きく目立つようになって減少し、1975年以降は1,000ヘクタール以下、1981年以降は更に100ヘクタール以下で、作付比率も0.1パーセントに満たない品種になっていた。 このように、ほとんど作付を見なくなっても引き続き奨励品種であり続けたのは、かつては、本県を代表する良質品種として、消費地で高く評価された実績があり、そのことに農業団体等の執着があったことが大きく影響している。このように、流通対策上からの名目的なものであっても、育成地における現実の奨励品種として「ハツニシキ」がなければ、「あきたこまち」は「秋田31号」の系統名を付与されることもなく、中間母本として内部で利用する程度で廃棄されていた可能性が大きい。しかし、「秋田31号」の公表後の経過は、特に県内内陸部で、今までない良食味品種としての観点から農家側にも好評で、栽培特性面も「ハツニシキ」はもちろんのことだが、その他の品種に比べてもその食味特性の故に許容され、受け入れられていったようにこ思われる。 次に、選抜技術の面では、特に食味特性の検定について、育成の最終段階で特性確認のために食味検定を実施したのではなく、初期選抜の段階から可能な限り食味特性を検定し、その結果をもとに、食味特性を維持しながら栽培特性を少しでも向上させる考え方で選抜を進めたことに、一つの特徴があった。また選抜の初期段階では、極少量の試料で多数の点数をこなせる方法として、ビーカー法による炊飯光沢検定を行なった。この方法に対しては、炊飯光沢が不良でも味の良い系統もあるということが、育成者間ではよく承知されている。しかし、流通の現場で新しい品種が高い評価を得るには、炊飯光沢(外観)も良く、食べてみても美味しい品種の方が当然有利であろう。 今後、本県の育種は「あきたこまち」の存在を前提に、その改良が一つの育種目標となる。具体的には、食味特性の維持向上は当然のこととなり、その上に高いレベルの栽培特性の改善がなければ、普及段階にまでもっていくことが、これからは難しくなると考える。 酒米や糯米等のように、より地域性の高い品種の育成も重要になるだろう。いずれにしても育成技術面は当然として、育種事業の運営面からみても施設と人員の充実、そして組織的な対応が必要である。 |
| 摘要 |
| (1) 秋田県に適する早生で良質・良食味の水稲新品種の育成を主目標に、「コシヒカリ」/「奥羽292号」の雑種後代から「あきたこまち」を育成した。
(2) この品種は、1975年福井県農業試験場において交配し、翌年F1を圃場栽培した。 (3) 秋田県農業試験場では、1977年そのF2種子の一部譲渡を受けて個体選抜を実施し1978年(F3)以降は概ね系統育種法により選抜固定を図って育成を進めたもので、1984年秋田県において奨励品種として採用され「あきたこまち」と命名された。 (4) 選抜過程における特徴としては、「コシヒカリ」の良食味の導入を目標にして「コシヒカリ」を共通の母体とする、いくつかの組み合わせについてF3世代から、炊飯光沢の比較による食味特性検定を実施したことである。 (5) そのなかで、初期世代から、炊飯光沢の良い系統が最も多かった組み合わせのなかから、栽培面での実用性が最も高い系統として、「あきたこまち」が育成された。 (6) 「あきたこまち」の出穂期、成熟期は「アキユタカ」「ハツニシキ」と同程度で、早生の晩に属する。 (7) 稈長は、ほぼ「アキユタカ」並で、偏穂数型品種である。受光態勢からみた草型は良好だが、穂揃いはやや悪い。ふ先には希に短芒を有し、黄白色を呈する。 (8) 障害型冷害に対する抵抗性は、「ハツニシキ」よりは明らかに強く中程度、いもち耐病性は抵抗遺伝子Pi-a,iをもつと推定され、圃場抵抗抵抗は「ハツニシキ」よりも明らかに強い。穂発芽性はやや難である。倒伏抵抗性は「ハツニシキ」や「ササニシキ」よりは明らかに改善されたが、「アキユタカ」に比べればやや弱い。 (9) 玄米の外観品質は「ハツニシキ」よりも優れており、検査等級も良い。食味は、この品種の最も大きな優れた特徴で「コシヒカリ」型の良食味である。 (10) 収量は概ね「アキユタカ」程度で、稈質等からみて「アキヒカリ」のような多肥多収(高い施肥反応)は期待出来ない。 (11) 適応地域は、秋田県では高冷地、中山間を除く県内一円である。白葉枯病には弱いので、常発地では栽培を避ける。 (12) 栽培に当たって、育苗では充実度の高い苗生育を、本田では過繁茂と倒伏に注意した施肥や水管理を考える。いもち病については、適切な防除対策をとる。 |
| 付記 |
| 1 育成関係者
交配・F1養成時(1975・1976年)における福井県農試の育成関係者は次のとおりである。 (育種科長)水野 進(研究員)福田忠夫・石川武之甫・堀内久満 F2以降(1977~)秋田県農試における育成関係者は付表1のとおりである。 2 関連する食味試験データ 育成を発表(1984年9月)後、関係場所・機関で試食戴いた結果付表2のとおりである。 3 その後の普及状況など その後、1987(昭62)年岩手県で準奨励品種に採用された。また、この年の県外の試作地(水稲奨励品種決定調査)は、19ヵ所であった。 作付面積は、秋田県では1985年・2,877ha、1986年・8,341ha、1987年・17,177ha、1988年・34,678haで、本格的な栽培が始まって4年目で、これまでの「キヨニシキ」を抜いて作付第一位となった。また、岩手県等を含めた全国作付は、40,400haで、これは前年の22位から第9位に増加した。 なお、秋田県産「あきたこまち」は昭和62年産米から食糧庁の産地品種銘柄(ll類)に指定された。 |